東京地方裁判所 昭和58年(ワ)13734号 判決 1985年6月26日
原告
近藤聡
ほか一名
被告
本州自動車株式会社
ほか一名
主文
一 被告らは各自、原告近藤聡に対し、金一一六万六三二五円及びこれに対する昭和五九年三月六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、各自、原告有限会社ジイエムコーポレイシヨンに対し、金五〇万円及びこれに対する昭和五九年三月六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用については、原告近藤聡と被告らとの間で生じたものはこれを三分し、その一を被告らの、その余を同原告の負担とし、原告有限会社ジイエムコーポレイシヨンと被告らとの間で生じたものはこれを七分し、その一を被告らの、その余を同原告の負担とする。
五 この判決は、原告ら勝訴の部分につき、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自、原告近藤聡に対し、金三三七万四八二五円及びこれに対する昭和五九年三月六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告らは各自、原告有限会社ジイエムコーポレイシヨンに対し、金三五四万五九〇〇円及びこれに対する昭和五九年三月六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 事故の発生
原告近藤聡(以下、「原告近藤」という。)は昭和五七年九月一六日午前五時三〇分ころ、被告栁内公平(以下、「被告栁内」という。)運転の事業用普通乗用自動車(多摩五五あ九六一四。以下、「本件自動車」という。)にタクシー乗客として同乗していたところ、東京都渋谷区本町三丁目三九番地先交差点において、被告栁内が同交差点付近の電柱・ガードレールに本件自動車を衝突するに至らせ、よつて原告近藤は約四か月間通院加療を要する額面打撲、頸椎捻挫、右下腿打撲擦過傷等の傷害を被つた。
2 責任原因
(一) 被告栁内は同交差点の対面信号が赤色信号を表示していたのであるから同交差点手前に停止すべき注意義務があつたところ、右注意義務を怠り漫然と同交差点を通過しようとした過失により本件事故を惹起したものである。
よつて、被告栁内は、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告らが被つた損害を賠償すべき義務がある。
(二) 被告本州自動車株式会社(以下、「被告本州自動車」という。」は本件自動車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものである。
よつて、被告本州自動車は、自動車損害賠償保障法三条本文に基づき、本件事故により原告らが被つた損害を賠償すべき義務がある。
3 損害
(一) 原告近藤
(1) 交通費 金三万三二五〇円
原告近藤は、通院加療のために交通費として金三万三二五〇円を支出した。
(2) 治療費 金二万三〇七五円
原告近藤は、医療法人大澤病院に対し治療費として金二万三〇七五円を支出した。
(3) その他の財産的損害 金一五〇万円
原告近藤は原告有限会社ジイエムコーポレイシヨン(以下、「原告ジイエム」という。)に雇傭され、原告ジイエム支配下のバンド「ウエルカム」に所属して演奏に従事していたところ、原告近藤が前記のとおり本件事故により受傷したため前記バンドが出演不能となり、このため、昭和五七年九月一六日から内月末日までの間について、原告ジイエムにおいて他のバンドに対し代金一五〇万円を支払つて演奏の依頼することを余儀なくされた。そこで、原告ジイエムが支出した右代金一五〇万円につき、昭和五七年一〇月一日原告近藤が原告ジイエムに対し前同額を分割弁済により支払う旨誓約し、もつて原告近藤は右同日原告ジイエムに対し金一五〇万円の債務を負担した。
右の次第で、原告近藤は本件事故により金一五〇万円の損害を被つた。
(4) 慰藉料 金一五〇万円
原告近藤の通院加療に伴う精神的苦痛並びに現在に至るも頭痛、吐き気、及び頸部疼痛が残り十分な音楽活動ができないことによる精神的苦痛を償うに足りる慰藉料としては金一五〇万円が相当である。
(5) 弁護士費用 金三一万八五〇〇円
以上(1)ないし(5)の合計金三三七万四八二五円
(二) 原告ジイエム
(1) 原告近藤に対する支払済み賃金 金五〇万円
原告近藤は、本件事故による受傷のため、本件事故の日から昭和五七年一一月末日まで就労不能であつたところ、本来、原告近藤において本件事故により被つた逸失利益として被告らに対し請求できる筈の前記一〇月及び一一月分の賃金合計金五〇万円につき、原告ジイエムにおいて原告近藤に支払つたから、原告ジイエムは同金額の支払を被告らに対して請求する。
(2) 原告近藤所属バンドの他のメンバーに対する支払済み賃金 金二六〇万円
原告ジイエムは、原告近藤所属の前記バンド出演不能により原告近藤が負担して支払うべきものと考えられる前記バンドの他のメンバーの賃金合計金二六〇万円につき立替支払つたので、被告らに対し同額の支払を請求する。
(3) 弁護士費用 金四四万五九〇〇円
以上(1)ないし(3)の合計金三五四万五九〇〇円
よつて、被告らに対し、原告近藤は、各自金三三七万四八二五円及びこれに対する訴状送達の日の翌日以降である昭和五九年三月六日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、原告ジイエムは、各自金三五四万五九〇〇円及びこれに対する前同昭和五九年三月六日から支払済みに至るまで前同年五分の割合による遅延損害金の、各支払をなすことを求める。
二 請求の原因に対する認否
請求の原因1は認める。同2(一)、(二)の各前段は認めるが、各後段は争う。
同3(一)(1)、(2)は認める。(3)は知らない。右(3)主張の損害は特別事情による損害であり、被告らは右事情を予見できず、また、予見し得なかつたものである。(4)は争う。(5)は知らない。同(二)(1)ないし(3)は知らない。
第三証拠
証拠関係については、本件記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 事故の発生
請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 責任原因
請求の原因2(一)、(二)の各前段は当事者間に争いがない。右によれば、被告内は民法七〇九条に基づき、被告本州自動車は自動車損害賠償保障法三条本文に基づき、それぞれ原告らが本件事故によつて被ることあるべき損害を賠償すべき義務がある。
三 損害
1 原告近藤
(一) 交通費
原告近藤が通院加療のために交通費として金三万三二五〇円を支出したことは当事者間に争いがない。
(二) 治療費
原告近藤が医療法人大澤病院に対し治療費として金二万三〇七五円を支出したことは当事者間に争いがない。
(三) その他の財産的損害
原告近藤聡本人尋問の結果により、成立が認められる甲第四〇号証、弁論の全趣旨により成立が認められる同第四一ないし同第四三号証、証人竹田誠一の証言により成立が認められる同第四四、第四五号証、証人竹田誠一の証言及び原告近藤聡本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、請求の原因3(一)(3)の前段の主張事実が認められる(右認定を左右する証拠はない。)が、右事実は特別の事情に当たるというべきであり、被告らはこれを予見できず、また予見し得なかつたものと見るべきである。
そうすると、右事実を前提として金一五〇万円の損害を被つたとする点については、仮に前記事実から前同額全額の損害発生を帰結し得るとしても、右損害については、これを本件事故と相当因果関係ある損害に当たるとはいえないものというべきである。
(四) 慰藉料
前記判示の受傷の部位・程度その他本件に顕われた諸般の事情を総合勘案すると、原告近藤に対する慰藉料としては金一〇〇万円が相当である。
(五) 弁護士費用
原告らが原告ら訴訟代理人に本訴の提起・追行を委任し相当額の報酬の支払を約束したことは弁論の全趣旨によりこれを認めることができるところ、原告近藤の弁護士費用としては金一一万円とするのが相当である。
以上(一)、(二)、(四)、(五)を合計すると、原告近藤の被告らに対し請求し得べき金額は、金一一六万六三二五円となる。
2 原告ジイエム
(一) 原告近藤に対する支払済み賃金
証人竹田誠一の証言により成立が認められる甲第五一号証、証人竹田誠一の証言及び原告近藤聡本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告近藤は本件事故による受傷のため本件事故の日から昭和五八年一月ころまで就労不能であつたこと、しかるに原告ジイエムは原告近藤の就労不能による同原告の休業期間中に当たる昭和五七年一〇月及び一一月の二か月間につき、予め同原告との間になしていたこの間の賃金保障の約束に基づき、就労した場合と同額に当たる賃金合計金五〇万円を同原告に支払つたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。
右認定事実によれば、原告ジイエムの原告近藤に対する合計金五〇万円の前記賃金支払については、これを直接に原告ジイエム自体の本件事故による損害ということは困難であり、したがつて、原告ジイエム自体が自動車損害賠償保障法三条本文によつて被告らに対し、直接、同金額につき損害賠償請求権を有するものとはいえない。しかし、本来、原告近藤は右休業期間である昭和五七年一〇月及び一一月の二か月間の休業損害(前記賃金合計金五〇万円に相当する。)につき、被告らに対し損害賠償請求権を有する地位にあり、原告ジイエムは、原告近藤との間になしていた前記賃金保障の約束に基づき、偶々、右損害について損害填補を余儀なくされたという関係に立つたものである。
そうすると、原告ジイエムは、民法四二二条の類推適用により、被告らに対し、原告近藤の有する前記金五〇万円の損害賠償請求権を同原告に代位して取得するものというべきで、原告らの請求の原因の主張は、原告ジイエムにかかる責任原因につき、右の民法四二二条類推適用による損害賠償請求権の代位取得及び行使の主張をも含むものと解するのが相当である。
右の見地に立つて、原告ジイエムの前記金五〇万円の損害賠償請求を肯認できるものというべきである。
(二) 原告近藤所属バンドの他のメンバーに対する支払済み賃金
証人竹田誠一の証言によれば、原告近藤が前記のとおり就労不能となつたことから同原告所属のバンド「ウエルカム」自体が昭和五七年一〇月及び一一月の二か月間演奏活動が不能となり一一月中に解散するのを余儀なくされたこと、しかし、原告ジイエムにおいて右二か月の期間中前記バンドの原告近藤以外のメンバーに対して合計金二六〇万円の支払をなしたことが認められるか、原告ジイエムの右の金二六〇万円の支出については、これを本件事故による損害に当たるものとして被告らに帰責することはできないというべきである。
(三) 弁護士費用
原告ジイエムの前記金五〇万円の請求が原告近藤の損害賠償請求権の代位取得による行使である以上、原告ジイエム自体に被告らに帰責すべき弁護士費用損害を認めることはできない。
以上により、原告ジイエムの被告らに対し請求し得べき金額は、金五〇万円となる。
四 以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告らに対し、原告近藤において金一一六万六三二五円及びこれに対する訴状が被告らに送達された日の翌日以降であることが記録上明らかな昭和五九年三月六日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、原告ジイエムにおいて金五〇万円及びこれに対する前同昭和五九年三月五日から支払済みに至るまで前同年五分の割合による遅延損害金の、各支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言について同法一九六条一項を、各適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 福岡右武)